僕たちは魔法陣を使って人間界の僕の部屋へ戻ってきた。姿の変わったラキエが元のままの力を使えるかどうかわからなかったからだ。とりあえず裸の彼をどうにかしようと、僕のTシャツを着せてみた。
「デカイ」
ラキエは口をとがらせて文句を言った。僕のTシャツは子供の姿のラキエにはやはり大きく、肩がさがってしまうし、すそが膝までくる。
「………やっぱり子供服を買った方がいいかな」
「これはイヤだ」
僕の物がブカブカなのが、自分の貧弱さを強調してるように思えるのだろう。ラキエはかなり不機嫌な様子だった。
「わかった。ラキエ、服を買いに行くから………肌の色、変えられるかな?」
「そのぐらいできる」
ラキエはそっぽを向いて、ギュッと手を握った。たちまち青みがかっていた肌色が僕らと同じように変わる。とがっていた耳も丸みを帯びたかわいい耳になった。
「うん、上出来だ」
僕はラキエの着ているTシャツの首元を寄せて安全ピンで留めた。とりあえずこれでずり落ちる心配はない。
「服を買うまでそれで我慢してくれ。すぐに着替えさせてあげるから」
靴下を履かせて僕のスニーカーをはかせる。袖口から出ている細い腕、すそから伸びる細い足、細いすね。なんかなにもかも………かわいい。
「じゃあ、行こうか」
僕はラキエの手をとって歩き出した。ラキエはぶかぶかの靴が歩きにくいらしく、何度も立ち止まった。
「飛んだほうが早い」
何度目かにそう文句を言う。
「ごめんね。そうさせてあげたいけど、ちょっとだけ我慢して。もし疲れたらおぶってあげるから」
「めんどうくさいんだ。疲れたなんて言ってない」
小さい=体力がない、と思われるのが嫌なのか、僕の言葉を即座に否定する。それが余計我慢させているみたいでかわいそうだった。
「うん、ごめんね。もうじきだから」
僕はできるだけゆっくりと、ラキエの歩調にあわせて歩いた。
近所にわりと大きなショッピーングモールがある。確かその中に子供服の店があったはずだ。自分には関係ないから普段は意識していないので、記憶を頼りに探すとなると大変だ。
「アシュ、まだか?」
ラキエは人ごみにうんざりしているようだった。いつもより目線が低いため、足の群れの中にいる気分なのだろう。それにやはりTシャツに大きな靴をはいた金髪の子供というのは目を引く。道行く人に見下ろされていらついていた。
「あ、ここだ」
大きなウインドウに子供のマネキン人形が何体も並んでいた。僕はほっとしてラキエを振り向いた。
「今からお店にあいるけど、絶対、暴れるなよ。あと、何聞かれてもしゃべらないでくれ」
ラキエはうなずいた。
「わかってる。なんでもいいから早くしろ」
さあて、初めてのお買い物、だ。
僕はラキエと一緒に店内に入った。店の中は案外と広い。置いてあるマネキンや服が小さいせいだろうか。普段僕が見ているような服とはまったく違う、色とりどりのかわいい服が並んでいた。
どこをどうやって見ていいのかわからず、店員さんを呼び止めた。
「すみません。この子くらいの子に合う服が欲しいんですけど」
「あら、まぁ……」
僕より年上らしい、でもかなり美人の店員さんは、ラキエの格好にちょっと不審気な顔をした。でもプロ意識なのか、すぐにそれを隠して微笑んだ。
「かわいらしいお嬢さんですこと。それで、どういった物をお探しですか?」
「かわいいですか?」
そうか、やっぱりかわいいんだ。僕の気のせいじゃなかったんだな。
「ええ、将来が楽しみですわね………」
「そうなんです、かわいいんですよね!」
僕は拳を握った。こんなかわいいラキエなんてこのさきお目にかかれない。そう思うとちょっといたずら心が出てきた。
「とにかくかわいらしくしたいんです」
ラキエは僕の言葉に(何だそれは!)と言いたげな抗議の視線を向ける。
「そうですか、それでしたらこちらにピッタリの物がございます」
店員さんがにっこりして僕の先に立って歩いた。僕はラキエの手を引いてついていく。
その一角にはフリフリヒラヒラのお姫様みたいな服がたくさんあった。店員さんはいくつか取り出しては、ラキエに合わせて見せる。
「あーかわいいなー」
白いワンピース、ピンクのワンピース、黒いワンピース。ラキエの白い肌と金色の髪に映えてどれもむちゃくちゃかわいい! ラキエは眉を寄せて口をつぐみ、怒った顔をしているけどそれでかわいらしさが消えるわけではなかった。
「カジュアルな物もお似合いですけど、こういったお洋服も素敵ですよ」
店員さんは不機嫌そうなラキエに愛想笑いをするが、ラキエは完全に無視している。
「そうですねー、じゃあ、これ試着させてみていいですか?」
白と黒のどちらにしようかと迷ったが、黒い服の方がラキエの金髪が目立ってかわいかった。それにやっぱりラキエは悪魔なんだから、黒い方が好きだろうと思ったのだ。
「どうぞお試しください。試着室はこちらになります」
「あ、あと靴と靴下、お願いします」
「はい、ご用意させていただきます」
僕はむっつりしているラキエの手をひっぱった。不満だろうがぶかぶかのものを着せられるよりましと思うのか、のろのろとついてくる。
僕は試着室に一緒に入ってラキエのTシャツを脱がせた。
「この服ならサイズはぴったりだと思うよ」
「こんなビラビラしたもの」
ラキエは辛らつな感想を漏らす。
「そんなに長い間着るわけじゃいないよ。呪いが解けるまで」
ドレスを頭からかぶせ、手をいれさせて背中のジッパーをあげる。
「ほら、ぴったりだ」
ラキエはグルグル腕をまわしたりして、着心地をチェックしている。彼にとっては動きやすいか否かだけの問題なのだろう。鏡の中の自分を見ると露骨に嫌そうな顔をした。
「オマエ、趣味が良くないな」
「すっごくかわ………いや、素敵だよ。似合ってる」
僕は服を頭からかぶったせいで乱れたラキエの髪を撫でて整えてやった。
「帽子もいいよな。いっそリボンとかも………」
「お客様」
店員さんが試着室の外から声をかけてきた。
「あ、はい」
「いかがでしたでしょう。サイズに問題はございませんか?」
「はい、さすがプロですね。ぴったりです」
僕は試着室のカーテンをあけた。
「どうですか?」
なんとなく自慢してみたり。だってラキエがすっごくかわいいんだもの。
店員さんは目を見張り、ため息をつき、その後全開の笑顔になった。
「よくお似合いです。まるでお人形さんのようですねわね」
「そうでしょう!」
まるで自分のことのように力をこめる。そのあと、店員さんが用意してくれた靴下と靴を履かせてみた。
「よかった。これで歩き易くなるよ……どう? キツクない?」
ラキエは頷いたが不満げな表情は変わらない。
「どうしたの? 気にいらない?」
やっぱりくつにウサギさんがついているのがいやだったのかな。
ラキエは口をとがらせ投げやりに呟いた。
「……どうでもいい」
す、すねてる? うわあ………。
「もう帰るんだろ?」
飽き飽きだ、と言わんばかりの声に僕は急いでうなずいた。
「うん、すぐにね。あ、すみません、この服は着て帰ります。あと適当に子供用のTシャツとズボン、お願いします。あわせて会計してください」
「はい、ありがとうございます」
店員さんがラキエの身長にあったTシャツとズボンをだしてくれた。これまで試着させるとラキエが切れそうなのでそのまま袋につめてもらう。会計をしている間にラキエの髪にリボンを結んでもらうのは忘れなかった。
********************************
店員がラキエの髪に黒いリボンを結びながら小声で聞いた。
「おじょうちゃん、ちょっと聞くけど」
ラキエは顔を上げると店員をジロリと睨みつけた。
「あの人はほんとに知り合い? パパじゃないわよね?」
ラキエは横を向いた。アシュに話すなと言われるまでもなく、他の人間と話す気などなかったからだ。
「おねえさん、誰にも内緒にするから教えて。あの人はお嬢ちゃんのお知り合いなの?」
店員のしつこさに怒鳴りつけようかと思ったが、大声を出すとまたアシュがぶつぶつ言うだろうと思いとどまった。その代わり、にやりと口の端をあげてやる。
「アレは俺のだ」
「………ま、」
店員はぽかんと口をあけた。
********************************
会計を終えて振り向くと、店員さんがラキエになにか話しかけているようだった。余計なことを言ったのではないかと、袋を抱えて急いでそばに寄る。
「すいません、なにかご迷惑をおかけしましたか?」
「い、いいえ。何も」
店員さんはブンブンと頭を振っている。顔がこわばってあきらかに挙動不審だが、何か壊したりしたわけでもないみたいだ。
「おりボンはこんな感じでよろしかったですか?」
ラキエの頭の両側に黒いレースのリボンがついている。このままケースにいれて飾っておきたいくらいの愛らしさだった。
「じゃあ、帰ろう」
僕はラキエの手をとった。ラキエはちらっと背後の店員さんを振り返るとフンと鼻で笑う。……やっぱりなにかしたな。
でも店で騒ぎを起こさなかったご褒美にちょっと休ませてあげよう。ただでさえ人ごみや狭い場所が嫌いなのに、商店街を歩かせて試着室にまではいらせたんだからな。
「ラキエ、公園へ寄ろうか。木がいっぱい生えてて落ち着くと思うよ」
人間が多い場所より自然の気がたくさんあるところの方がラキエにはいいだろうと、大きな公園につれてきてみた。
鳥の声がして緑の匂いが満ちているこの場所で、ラキエはようやく肩の力を抜いたようだった。
陽射しの落ちる緑の中を歩きながら、僕はフリルのラキエに目を細めた。
(こんな機会もう二度とないだろうなぁ)
手の中の小さな白い手、頼りなげな肩。ふわふわとリボンの乗っている金色の頭。
(もしラキエがもとに戻れなくても、僕が守ってあげよう………)
「アシュ」
「うん?」
「あそこに座るぞ」
ラキエはベンチを顎で指した。決して口には出さないが、一度にいろんなことが起こったのだから疲れていないはずはない。でも弱いはずの人間の僕に「疲れただろ」なんて言われたくないだろう。
「うん、ちょうど座りたいと思ってたんだ、ありがとう」
一緒にベンチに腰を下ろすとラキエはさっさと靴と靴下を脱ぎ捨てた。
(やっぱり靴は辛かったのかな?)
僕は靴を並べながら思った。
ラキエは大股開きのかなり行儀の悪い格好で、足をブラブラさせている。小さな足の先の、やはり小さな爪がピンク色だった。
(もーこんなにかわいくてどうしよう………)
ラキエは僕の視線に気づいたか顔を上げた。
「オマエ、またかわいいとかふざけたこと考えてないだろうな」
「………っ、ないない、考えてないよ。の、呪いを解くにはどうすればいいか考えてたんだ」
慌てて手を振ったが、ラキエは疑わしそうな視線を向けてくる。
「呪いが解けないと困るだろ? あの像、どこから持ってきたのか覚えている?」
「ああ、少し思い出した」
「えっ、本当? どこなんだい」
「こっちの世界だ。たしかどこかの国の……王だか領主だか」
「人間の呪いなのかな?」
「人間が悪魔に呪いを掛けられるものか。作ったのはたぶん俺の仲間だろう。かかってみてわかったが、これは呪いというより術の一種だな」
ラキエは落ち着いているように見えた。悪魔相手ならなんとかなるかと思っているのかもしれない。
「術なら解けるんじゃない?」
「この術より上の力があればな」
「君は?」
「俺の術とは種類が違う。相手を倒すなら直接倒してやる。あんな周りくどい姑息な術は使わない」
……つまりラキエの魔力では解けない術というわけか。考えてみればラキエの力ってゲームで言うと氷結系とか物理系とかだものな。
「ねえ、もし術が解けなかったら………このまま僕とこっちの世界で暮らす?」
ラキエはきっと僕を睨みつけた。
「絶対、解いてやる。こんな術」
「………う、うん、そうだね」
「それまでは、オマエの所にいてやる」
「うん」
ラキエは空を見上げた。彼が何を考えているのかはわからない。術の解き方を考えているのか、それともただたんに腹を立てているのか。
「ラキエ、そろそろ帰ろう。靴をはいて」
僕がそう言うとラキエはにやっと笑って顔を上げた。
「いやだ」
「え? いやって、でも」
「そんな窮屈なもの、誰がはくか」
「ラキエ、じゃあ、抱いていってあげるから」
「それもごめんだ」
そう言うとラキエはふわりととびあがった。たっぷりとギャザーをとったスカートが空の中に広がる。
「ラ、ラキエ、飛んじゃだめだよ!」
「うるさい、俺は先に帰るからな」
ラキエはそう怒鳴ると高度を上げ……ようとしたらしいが、ふらっと空中で態勢を崩した。
「うわっ?」
ラキエが悲鳴をあげるのと、僕が落ちてきたその体を抱きとめるのが同時だった。
「ラ、ラキエ! だいじょうぶ?!」
「…………」
ラキエは僕の腕の中で目を見開いたまま固まっていた。
「ラキエ?」
ラキエは目を閉じると歯をくいしばった。握った拳がぶるぶる震えている。
「ラキエ、どうしたの?!」
「……飛べない」
「ええっ?」
「飛べない、飛べなくなった」
僕の腕の中で体を起こし、じたばたともがく。だがやはり飛び上がれないようだった。
「ラキエ、まさか魔法が使えないの?」
僕の言葉にはっとした顔をすると、右手をベンチにかざした。小さな手が輝き、あっというまにベンチが凍りつく。
「…………」
安堵のため息をついたのは僕とラキエのどちらだったろう。
「だけど、飛べない……」
ラキエは暗く呟いた。
「大丈夫だよ、き、きっと、環境の急激な変化で一時的にスランプになっているんだ」
「………………………………」
ラキエには僕のいうことの半分もわからなかっただろう。僕も、たぶん僕自身のために繰り返していたにすぎない。
「大丈夫だよ、落ち着けばきっと……」
ラキエは僕の首にぎゅっと抱きついた。顔を伏せ甲高い声で叫ぶ。
「帰る!」
「ラキエ…………」
「早くしろ! もうここにはいたくない!」
「うん、わかった…………」
僕はラキエを抱きしめると家へ向かって歩き出した。
つづく