「少しは片付けたら?」
僕はラキエの洞窟の中を見回して言った。せっかく休暇を利用して魔界へ遊びにきたのだが、雨が降っているのでラキエが外へ出かけたがらない。もともと濡れることを嫌う悪魔だったから仕方ないんだけど、1日洞窟の中で過ごすっていうのもつまらない。
でも退屈だと一言でも言おうものなら、「じゃあ、そんなこと考えられないようにしてやる」ってすぐに抱かれてしまうからな………。
僕だってそりゃラキエと………するのは嫌いじゃないけど、人間と悪魔では体力に差がありすぎる。結果、洞窟の中をうろうろすることになるのだが、ちょっと歩くとラキエが散らかしてそのままになっているガラクタに行きあう。
「片付ける?」
ラキエはそんな言葉はじめて聞いた、みたいに首を傾げた。
「君の巣だよ」
「巣、だぁ?」
あ、むっとしてる。だってさ、そう言う方が合うだろ、この状態は。
「散らかしっぱなしで、片付けないから、洞窟の中を移動してるんだろ?」
僕はあちこちに丸く散らかっているガラクタを手で指し示した。まるでリスのたくわえみたいに。
「貯まってきたら置き場所を変えればいいんだ」
まあね、悪魔がタンスに整理整頓ってのも妙な気はするけどね。
「いらないものもいっぱいあるんじゃないの?」
僕は地面に落ちている(ラキエが言うには置いてある)服をつまみあげた。なんだこれ、そでが四つあるぞ?
「どこからもってくるんだか………」
「欲しいならやるぞ、どれでも」
あいにく僕には腕は二本しかないから。
ラキエはものに執着しないくせに、何か目についたものは拾ってきたり奪ってきたりする性質がある。とくにそのものが力を示せるものだったりすると―――たとえば戦いの賞品だったり、奪うのがむずかしかったり、危険な場所にあったりするもの―――俄然張り切る。それを手に入れるまでは時折僕の存在すら忘れるくらいだ。
「そういんじゃなくてさ、いらないものは捨てれば? って言ってるんだよ。これ、ここにあるもの全部必要なのかい?」
「面白そうだから取って来たんだ」
「君は取ってくるのが目的なんだろ?」
僕は服の山をかきわけた。宝石なんかも無造作に置いてある。
「僕も片付けるほうじゃないけどね………」
その中に奇妙な形の彫り物をみつけた。象牙のような材質に人のような、獣のような姿が彫り込んである。
「おい、あんまり勝手に触るな」
ラキエは僕の手の中にある物を見て眉を寄せた。
「それ、危ないぞ」
「え?」
「呪いがかかってる」
「え? うわ!」
いきなり怖いことを言われて僕はあわててそれをラキエに放った。
「バカっ、何をする!」
ラキエは片手を伸ばしてそれを受け止めた。
「急に投げるやつがあるか。壊れたらどうなるかわからない」
「ご、ごめん」
確かにそうだ。僕はラキエのそばに寄った。
「大丈夫だった?」
「触れただけでかかるような呪いじゃ、かけたやつも触れないだろ。仕掛けがあるんだ、こういうのは」
ラキエはその像を手に裏表を見ている。
「呪いを解いてからコレクションしなよ」
「それじゃただのガラクタだ」
うーん、確かにそうなんだけど。
「どんな呪いなの?」
「姿が変わる」
「へえ? どんな姿に?」
「さあ………よく覚えてないな」
僕はラキエの顔を見上げた。ラキエはじっとその像を見つめている。記憶を探しているのだろうか。
「手に入れたのはずいぶん昔だ。おまえと出会うよりずっとずっと前」
「で、手にいれてそれっきり忘れてたのか」
「まあそうだな」
「意味ないなあ」
僕は笑った。
「これなら捨てていいぞ」
ラキエは像を指先で撫でながら言った。
「なんだったか全然覚えてないしな………」
その途端、像が急に光を放ち出した。
「わっ、なに?!」
ラキエは舌打ちをして、像を放り投げた。像は地面に落ちずに空中に光りながら浮かぶ。
「呪いが発動したか」
「す、捨てるなんて言ったから怒ったのかな」
「そういうたぐいではなかったはずだが」
僕は光に目を覆って浮いている像を見つめた。
「もう、呪われちゃった?」
「いや」
ラキエは落ち着いた顔で像を見つめている。何か考えているようだけど………
「だ、大丈夫なのかい?」
「呪いがかかるより先に、壊しちまえばいいんだ」
「ちょ……、」
そんな乱暴な。呪いの実態も対処法もわからないのに? やっぱり何も考えてない!
「さがってろ」
ラキエは僕を自分の背後にまわして、像に向かって手をかざした。
「ちょうどいい、片付けてやる」
余裕で軽口を叩くラキエの掌が白く輝く。
どんどん強さを増す像の光。その光の中心めがけ、掌に集まった冷気を放った。
バチバチッと放電するような音がした。力がぶつかり合っている音なのか? 洞窟内が強い光で眩しく照らし出される。
「ラキエ………!」
不安で思わず彼の名を呼ぶ。光に包まれた像の姿はゆるがない。
「しぶといな」
思いがけず力が残っている呪いにラキエが眉をしかめた。
「カビくさい呪いが、消えうせろ!」
ラキエは両手を重ねてさらに強い魔力を放った。
悲鳴のような音と共に、光が一層強くなり、やがてそれは弾けて消えた。あまりの眩しさに僕もラキエも目を覆った。
「………チクショウ、目の前がチカチカしやがる」
ラキエの声が聞こえた。まともに見た最後の光が焼きついて、視界がきかない。
「………」
ようやく目を開けると、目の前にいたはずのラキエがいない。
「ラ………」
呼びかけようとして、僕は声を飲んだ。
「大丈夫か? アシュ」
「ラキエ………?」
目の前に金髪のオンナノコがいた。足元にはさっきまでラキエが着ていた服が落ちている。オンナノコと思ったが、よく見ると………オトコノコだ。ちゃんと足の間に小さなモノがついている。
「あ、アー…なんだ、これ? 俺の声が変だ」
小さな男の子は喉に手をあて首を傾げている。
「君………ラキエ、なのか?」
「何言ってやが……!」
ラキエは喉に触れた自分の手を見て目をむいた。
「呪いが………」
「なんだ、これ」
「呪いがかかっちゃったんだ。ラキエ………」
僕は床の上に座りこんだ。ラキエは自分の体をぺたぺたさわっている。
「………かわいい」
「かわいいってなんだ! バカにするな」
(どうしよう、すっごくかわいい………)
僕は呆然と目の前の変化したラキエを見つめた。
(7歳? 9歳くらいかな? 目も大きくて丸顔で………小さいし)
「その姿って君が子供の頃の?」
「子供の頃、なんかあるか」
「だって、今の君はどうみても9歳くらいに見えるよ?」
「9さい?」
「生まれて9年目の人間の子供に見える」
「う…」
ラキエは手から視線を自分の股間に向けた。
「ラキエ………」
僕はなんて言葉をかけてよいやらわからずラキエが自覚するのを待った。
「ち、ちいさ……」
「………」
ラキエの言葉に思わず笑いそうになるのをこらえる。だがラキエにしてみれば笑い事ではなく、もともと青い肌をいっそう青くしてぶるぶる震えている。恐怖とか悲しみとかではなく、おそらく怒りで。
「ラキエ、あの、ねえ………」
「―――ッ!」
ラキエは自分のものをギュッと手でおさえて、しゃがみこんだ。
「チクショー、こ、殺してやる!」
怒ってるのもかわいい……、などと僕は不謹慎に考えた。
「こんなくだらない呪いかけた奴、見つけ出して殺してやる!」
「ラキエ、そ、それより、呪いを解くほうが先だと思うよ」
僕は口元を押え、笑いをこらえながら言った。そもそもその呪いをかけた相手が人間ならとうに死んでいるだろう。
ラキエはは僕の言葉を聞き、眉を寄せた。
「………解けるのか?」
「………え?」
「これ、解けるのか?」
「ラ、ラキエ。まさか解呪の方法しらないんじゃ………」
「………」
ラキエは目線を泳がせ、何もない所をじっと見つめた。まるでそこに答えがあるみたいに。
だがやがて僕に顔を向けて呟いた。
「どうしよう、アシュ」
「そ、そんな~~っ!!!」