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2004年10月 アーカイブ

2004年10月17日

ディープブルー


 レディースデーに「ディープブルー」を見に行く。
 イギリスBBC製作の海映像。海鳥からペンギン、ホッキョクグマ
 などから渚へおりて、珊瑚礁を回って外洋に出て深海まで。
 自然なつながりで海をざっとめぐる1時間半。
 どうやって撮ったのかわかんないほど生き物に近い画像。
 巨大な鯨の尾が振られるとその煽りをどうしてくらわないのか
 不思議なほどだ。
 カメラの性能がいいのかカメラマンの腕がいいのか。
 シャチに襲われるアシカや子クジラ、大きな魚に食われる小さな魚、小熊に狩を教える母熊、三ヶ月絶食して子供を守り吹雪の中で立ち尽くすペンギン、美しいくらげの舞、光り輝く深海生物、黒煙を上げる海底火山、そのチムニーに生息するチューブワーム………
さまざまな海の生き物の美しい映像が画面にマッチする音楽と一緒に次々現れる。すごくよかった、よかったが………やはり映画館で見るよりはDVDなんかでPCやTVで見る構成だよなあ。
でも客席はほぼ埋まっていた。

2004年10月24日

ISDN

都合があって久しぶりにワープロを使おうとしたらバッテリーの電池が切れてたので(当たり前)、その部分を開けようとしたのだが、何かで固まってて開かない。5年近く放っておいたものだからなー。

 ………まだ今ほどインターネットが盛んじゃなくてニフティサーブのフォーラムとか会議室とかで盛り上がっていた頃、使用していたものだ。今使っているバイオを買う前にこの富士通オアシスでインターネット接続していたのだ。フレッツISDNが最先端だったころだよ………。あの頃の私はフレッツISDNとISDN回線の違いもわからなかった。

 そういえばISDNというのはNTTが「世界最初」にこだわった回線だったとか。日本国中ISDNで繋ごうと燃えていたらしい。だからADSL収容替えっていうのは、NTTがISDNのためにとっておいた回線をADSL用に回しているものだって知ってた?だから収容替えって言ったって回り中ISDN回線に囲まれているんだから収容替えしたADSLは結局あまり役に立たないんだそうだ。で、それはさておき。

 濡れタオルで拭いたり爪楊枝で擦ったりしてようやくあけると、中のアルカリ電池が変色し、何かが漏れてて、それが固まっていたみたいだった。
そうかー、電池って電気がはいっているわけではないんだよね。
PC上の文章を3.5インチフロッピーにコピーして、ワープロで呼び出そうとしたんだけど、うまくいかない。MSDOSフロッピーを呼び出せるはずだったんだけど、どうにもこうにも。
その作業だけで一日かかりそうだったのでもう諦めた。
ワープロは私の青春の思い出としてまた本だなの隅で眠ってもらおう。

2004年10月29日

伊福部昭


 アマゾンで買い物。
 「伊福部昭のミレニアムゴジラベスト」。
 ゴジラ音楽だけじゃなくてラドンやバラン、キングコングなどの有名音楽がはいっている。
 モスラの小美人の「モスラ」が入ってなかったのは残念。
 あの曲は別なアルバムに収録されているんだよなあ。
カラオケでは相方とうたいまくる曲(笑)。
バランの「バララギ」、コングの祈りの歌がはいっているのが嬉しい。バランはみたことないけど、この曲はなぜか知っている。バララギバララギ~♪
怪獣と闘う人間側のマーチ、自衛隊のバックにかかる曲は、じっさいこういう曲が出撃のときに流れたらもうやる気百倍じゃないのかな。悲壮な中にも希望を光を感じさせる。自衛隊楽団ではやらないのかな。
以前、伊福部音楽に載せて怪獣が暴れるハイライト集めたビデオ持ってたんだけど、なぜか今持ってないんだよね。ああ、もう二度と手に入らないだろうなあ、あれは。DVDで出てたらぜひ買いたい!

2004年10月30日

デビルマン


 幼少の頃にデビルマンに接したものはかなり心に何かを残して
 いると思う。
 デビルマンはそれまでの漫画のルールを次々と破った漫画だ
 った。
 ヒーローが虐げられること、人間が敵になること、友人が愛を
 囁くこと、神が正義ではないこと、ヒーローの死、戦闘後のあまりの静寂。
 呆然としたと思う。最後まで読んで。
 これが本当に終わりなのか信じられなかった。
 幼い私は何か見落としているのではないかと疑った。
 いろんな漫画に影響を受けてきたが、デビルマンも最たるものだった。
で、そのデビルマンが実写映画になる。今の技術だからできたのだろうが、デビルマンや悪魔はどうでもいい問題はシレーヌだ。
あの胸は………ゆるせん。
どうでもいいからもっとこうドッカンとした胸をだな!
シレーヌは巨乳ではない、確かに。しかし、やはり日本人の、アジア人種の胸じゃないんだよー。
頼むから胸………CGでいいからもう少し胸………。

というわけでデビルマンを観て来ました。
うー………ん………。

なぜ原作どおりやらないんだ!!
あれだけストーリーのしっかりした漫画ナンだからそのまんまやればいいだろうに。
明と涼の主役二人の演技力はもう出た瞬間から期待してなかったけどさ。ああ、5年早くキンキキッズでやってたらもう少し萌えられたかな。

えーと。
シレーヌの身体は顔以外CGということでした。なら胸はもう少し矯正できたんじゃないかな。漫画っぽい身体でいいから胸をもう少し。そして「シレーヌ、君は血まみれでも美しい」がなかったのが不満ー! カイムとのあの純愛のシーンがなくてなにがシレーヌか! デビルマンと結局決着ついてないし。バトルシーンも早過ぎるだけで訳わからず迫力無くてつまらなかった。同じ空中戦でもガメラなんかの空中戦の方が出来がいい。ところどころスローモーションやアニメーションは入ってて、一瞬アニメになるところとか面白くて感心したけど、あとは見せ方が人間の動体視力限界をわかってないというか。あんなスピードでバトルされても爽快感がない。

あと、ミキちゃんが襲われてクビキリダンスのあのサバトのシーンがなかったのが残念、あの子供心にものすごーくショックだった(よく発禁にならなかったよな)あのクビカリシーン、あれがあったために明──デビルマンの「人間どもめ!」という激怒のシーンが納得できたんじゃないか。あのシーンでデビルマンも読者も人間に愛想をつかした、滅んで当然、という展開になったのではないか。それがなかったからなあ。ああ、デビルマンが人間を滅ぼす、っていう図にはしたくなかったのかもしれない、映画は。人間を滅ぼすのはアクマで人間で、と。でも原作でのデビルマンの怒りも結局人間が招いたことで、人間を滅ぼすのは人間自身、というのは語られなくてもわかってたんだけど。
そして映画では人間を滅ぼすのが人間、という展開をサタンも気づいてなかったというのが納得いかない。記憶が定かではないけど、原作のサタンは、それを心得た上で「デビルマン」の存在を社会に流して人間の猜疑心を煽って自滅させたんじゃなかったかなあ。気づいてなかったんならサタンはただのマヌケじゃないか。

最後のサタンとの闘いのシーン。サタンの造形は「サタン」だと思わず「悪魔」だと思えばかっこいい(原作のあのサタンの美しさ、柔らかさを期待するとがっかりする)。で、バトルシーン、けっこうよかった。最後の原作における見開きのあの肉の塔の上のデビルマンとドラゴンの上のサタン、を再現(ドラゴンいなかったけど)もなかなかよかった。
だけどもうちょっと長く観たかったな。デビルマン軍団がいなかったのも寂しい。アクマ側はいたけど指輪物語のように一体一体をもう少しよく見せてほしかった。
ラストシーンについては一言。

なぜ、サタンが服をきているんだ!!!


あと10年経ったらもう一回、作ってください。

デビルマン (5)
永井 豪 ダイナミックプロ
4063194396

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